2012年8月6日(月)
(「2013春夏 細番手リネン平織ストール #2」の続き)
展示会二日目。
オジサマは、この日もブースにやってきた。
二日続けて見に来るということは、
かなり商品に興味があると判断して間違いない。
ブースに入るなり、
まっすぐあのリネンの平織ストールのところに行く。
ごくごく基本的な平織の生地である。
コピーをしようとする同業者なら、連日足を運ぶような商品ではない。
やはり、「購入に興味をお持ち」と考えてよさそうだ。
オジサマは、この日は他の商品に対しても
写真を送ってほしい、と言われた。
「これと、これと、それと、あれと、、、」
ちょっとまって、今書き留めるから。
合計9品番のピックアップだ。
うーん。
ちょっと多すぎるのが気になる。
多くの商品を選ぶ理由は、2つ考えられる。
1) お客様が商品のターゲットを絞り込まずに展示会に来ている。
2) そのお客様の先にまたお客様がある。
1)の場合は、結局ご商売につながらない場合が多い。
過去に数年間、生地の展示会に出たことがあったが、
本当に欲しい生地が分かっているデザイナーさん、バイヤーさんは、
たくさんあるサンプルをババババッと触り、
欲しいものだけほんの数点、サッと選ぶ。
それは鮮やかだ。見ていて気持ちがいい。
そして、そののちご注文につながる場合が多い。
しかし、ターゲットを絞らずに来ているバイヤーさんは
なるべく多くのサンプルを収集して、会社に持って帰り
企画会議で検討する。
そして、そのほとんどが落される。
だから、渡した貴重なサンプルは、ゴミ箱行き、ということが多いのだ。
このオジサマは、2日間も来て下さっている。
そして、欲しいものの傾向もはっきりしている。
ブレがない。
だから、多分2)と判断してよいだろう、と考える。
実際ご自分でもお客様を持っている、と言っていたし。
とはいえ、ニコリともしないこのオジサマ。
なんだか信用していいのかどうか、失礼ながら迷ってしまう。
でも、そう、写真だけ渡すのなら、失うものはない。
真似しようと思えば簡単な技法だし、
この風合いは、展示会場で撮っただけのスナップ写真では
なかなか表現できない。
そう、失うものはない。
ところが、このオジサマ、
帰り際にまたあのリネン平織ストールに戻って、
のたまった。
「このストール、切って欲しい」
「・・・・・・・・・」
更に続く。
「昨日送ってもらった写真を、ロシアのお客様に送ったら、興味を持った。
全体の半分切って欲しい。
その半分を私が持って、残りの半分をお客様に渡すから。」
昨日も、ロシアにお客様があると言っていた。
ロシアなら、この円高でも日本製の商品を買ってもらえるかもしれない。
アメリカの展示会に来ていながら、
アメリカでお客様を見つけるのは難しいだろうと考えている。
それは分かっていながら、
もしかしたら何かのご縁が見つかるかもしれない、と思ってやってきた。
だから、「ロシア」という言葉に、ちょっと気持ちが動いていた。
そして、このオジサマのたたずまい。
商売人、という空気。
「上手く行けば、量はこなすよ」
実際、そういう可能性もぷんぷんと匂ってくる。
でもー、
あー、
どうしよう。。。
展示会に間に合わせて、一枚だけ大急ぎで作って貰った貴重なサンプルだ。
そしてこの単純な平織ストール、
なぜか他のバイヤーからも人気があった。
そのサンプルを半分も渡しちゃったら、
明日まである展示会は、残り半分の中途半端なサイズで商談をしなければならない。
あー、半分もあげるなんて、もったいない!
本音が出た。昨日初めて会ったオジサマ。
どんな商売しているか、実際には分からない。
本当に信頼してよいかどうか、確信が持てない。
この半分のストールがどう使われるか、何の保証もない。
でも、まてまて。
この半分のストールで、もしかしたら大きなご商売ができるかもしれない。
ロシアだけではなく、アメリカや欧州にお客様があるという。
それは本当のような気がする。
それに、これは単純な平織だ。
デザインだけなら、真似しようと思えば簡単に真似できる。
同業者が真似するために、わざわざ持って帰りたい、という類の商品ではない。
展示会では、同業者が他の出展者の商品をコピーしようと思ったとき、
それを盗むことがある。
眼で盗むのではなく、実際にこっそり持って行っちゃうのだ。
万引き、と同じことだ。
だが、このオジサマは堂々と「欲しい」と言っている。
コピー目的ではない
まっすぐ目を見つめる。
さらに無表情。
「もう電車に乗って帰らなければならない。急いで半分切ってくれ。」
切るか、断るか。
さぁ、どうする。
「裁ちばさみ、どこでしたっけ。」
平静を装ったふりをした私のこの言葉で、背後が緊張した。
私は武藤さんの奥さまに鋏を渡してもらった。
ストールを半分に折って、ぎゅっと束ね、真ん中を山にし、
そこにはさみを入れた。
「あ~~~。」
うしろで武藤さんの声。
結局私は、このオジサマに賭けてみることにした。
判断材料はごくごく少ない。
その言葉を信じるのみ。
もう、「勘」と「念」しかない。
半分切り取られたストールを丁寧に畳み、
オジサマに手渡した。
「とっても大切なサンプルなんですから、
きっとビジネスにつなげてくださいね。」
必死に笑顔を作り、握手を求め、
じっと目を見つめて言ってみた。
もっと他に洒落た言いようがないものか。
オジサマも少しだけニッと笑った。
「わからないけど、やってみるよ。」
オジサマとそのお連れは、足早にブースを後にした。
半分になったストールを、またステンレスのバーに結びつけた。
ボリュームが半分になったストールは
力なくバーにぶら下がった。
裁ち口が痛々しい。
離れ離れになったリネンのストール。
もう片方は、また良いお話になって戻ってくるのか、
それとも、完全にどこかへ消えてしまうのか。
その答えが見つかるまで、これからまだ少し時間がかかる。
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