2013春夏 紙糸を使う #1



2012年5月29日(火)

3月の終わりに、工場さんの倉庫に伺った。
来年の春夏商品のアイディアを探すために。

そこにはありとあらゆるサンプルが、まるで海原のようにある。
溺れないように気を付けながら、
持ってきたイメージを乗せてみる。

その中の一枚に手が止まった。
なんだろう、この素材。
とても光沢があって、張りもある。
絹を使っているのかな。
でも、どうしてこの張りがあるんだろう。
絹のセリシンを少し残してあるのかな。
でも、それにしては、腰がない。
たて糸かよこ糸に麻を使ってある?
いやいや、肌触りは、麻より優しい。
なんだろう。

※ セリシン: カイコが糸を吐くときに糸と一緒に吐き出すもの。蛋白質が多く含まれている。セリシンがついたままの繊維はとても固いため、絹を織物などに使用する場合は、セリシンを除去する。最近セリシンは美容に使用されている。

「これ、何が使ってあるんですか?」
「ああ、それ。よこ糸に紙の糸が打ってあるんですよ。」

※ 打つ = 織り込む

ああ、紙の糸。どおりで。
へぇぇ、かなり細いんだ。
軽いし、柔らかいし、適度な張りがあって。
それに、紙の糸はとても丈夫。水にもとても強い。
紙の糸、いいな。

そのサンプルを借りてきて、数日巻いてみた。
最初ちょっと硬くて、肌に障るかなと思ったが、慣れてくるとなじんでくる。
そして、じんわりと暖かい。
インターネットで調べてみると、絹や毛と同じように、紙の糸も保温性が高いようだ。
柔らかさは、綿やカシミヤにはかなわないが、とにかく軽い。
このサンプルは絹と紙を使って、軽さを上手に表現してある。

今回使用する紙の糸は、マニラ麻という植物から作ってある。
麻というが、麻の仲間ではなく、バナナの仲間。すごく大きく育つ。
ロープや籠の材料になる。

糸にするにはこの繊維から作られた薄い紙のシートを細く裁断する。
すると1mm以下の幅のテープができる。
そして、そのままでは強度が無いので、撚りをかける。
そうすると、こんなに細い糸になる。
左にあるのは、ホチキスの芯。右が紙の糸。
どれだけ細いかが分かる。
そして上の写真は、綿糸との比較。
右側が、同じ太さの綿糸。
綿の方が、毛羽立ちが多い。
(ふぅん、iPhoneってここまで撮れるんだ。すごい。
でも、ちょっとボケる。やっぱり、カメラ欲しいな。。。)

綿は使っていると、どんどんこの毛羽が出てくる。
そして、元来腰がない。
使えば使うほど柔らかくなり、肌にまとわりつくような肌触りになる。
タオルやパジャマ、下着に愛着が湧くのは、この感触の力が大きい。
一方、同じ植物繊維でも、麻はいつまでも張りを保つ。
さらっとした感触が欲しい場合は、麻を使うことが多い。
でも、麻は原料を選ばないと、チクチク痛い場合もある。
紙は綿より張りがあり、麻より柔らかくしなやか。
両方の良い点を程よく持つ。

よし、決めた。
今度の商品群に紙の糸を入れよう。
たての絹糸はちょっと種類を変えて、
全体の感触をもう少し柔らかくしてみよう。
もちろん、軽さはキープしたまま。

こうして、紙糸の製品が来年の春夏商品の一つに加えられた。

色はカーキとローズピンクとブルーの三色で染めてみる。
さて、どんな製品ができあがってくるか。
楽しみだ。


2013春夏 紙糸を使う #2

2013春夏 色を選ぶ #1



2012年5月26日(土)

色を選んでいる。
世の中の膨大な色の中から、
「コレでなければ!」といった色を探す作業である。

あぁ、色、色、色。
色に惑わされ、色に酔い、色にひれ伏す。

などとメランコリックに呟いてみたところで、作業は止まったままである。

ストール作りの最優先事項は、その肌触りと決めている。
春夏物なら、新春から早春、梅雨、初夏、盛夏と
防寒から日よけ、冷房対策まで、ストールの出番は案外多い。
ストールはファッションアイテムだけれど、
本来は道具である。
巻き心地が命の商品なのだ。

来年の春夏用に現在考えているストールは、全部で7種類。
それぞれの季節を思い出しながら、素材や質感、サイズを決める。
工場さんからお借りしたサンプルを、実際に巻いて数日間過ごし、
肌に優しいか、温かいか、爽やかか、
長時間巻いているのが苦痛にならないかを、検証する。
80代の両親の首も借りる。
猫の首も借りる。(もし飼っていたら、だが。)

この検証をクリアした7種類のストールには、
より肌触りが良いように、使い勝手が良いように、また季節感が出るように、
細かな修正が加えられる。
素材の種類、糸の太さ(細さ)、織り方、織の密度、全体のサイズなど。

そして、最後にいよいよ色と柄が決められて、harukii用サンプル作製の段階に入る。

最重要事項ではないものの、
その素材や質感の魅力を最大限に引き出すのは、
色の大きな仕事である。
決めるのにも、慎重かつ真剣である。
糸帳の色見本を参考に、ああでもない、こうでもないと。

気が付くと何時間も経っている。

harukiiの2013年春夏には、ブルー、グリーン、ピンクの3色を考えている。
それぞれのストールによって、合う色、合わない色が微妙に違ってくる。
例えばこっちは甘い感じのブルーが合うけれど、
別のになると、もっと渋いブルーが合う、とか。
もちろん、その合う合わない、という判断は、全く私の個人的な感覚。
好みと言い換えられる。

好みはもうあんまりブレない歳になった。
ずいぶん楽になった。
しかし、それでもだ。
朝と夜とでは違ってくる。
晴れと雨でも違ってくる。
昨日「コレだ!」と思った色が、
今日は「ホントに私でいいんですかぁ?」と問いかけてくる。
「そうねぇ、ちょっと違ったもしれないわねぇ。隣の色にしてみようかしら。」
こう悩みだしたら、もう大変。
何時間あっても決まらない。

若いころの私だったら、こういう時は粘りに粘った。
そしてどんどん意固地になった。
何に対して、というのは不明のまま。
全く無意味なガンコちゃんである。

でもこの歳になると、ちゃーんと方便を見つけている。
「色の神さまに任す」

私の中には、色の神さまが住んでいる。
最初は私に迷いに迷わせて、
頃合を見計らって、登場する。
直感、という形で色神さまは杖を振るい、色を決める。
私の脳みそが判断できなくても、その色神さまは正しい色を選んでいるはず。
そう思えば、もう不安に思わない。

色神さまが思う存分力を発揮するために、私が協力できること。
それは、睡眠をたっぷり取ること。
さぁ、今日はもう遅い。
明日の朝は早く起きて、最初に「コレ」と思った色を
工場さんに伝えよう。


2013春夏 色を選ぶ #2

続・山梨県南都留郡西桂へ行って来た



2012年5月25日(金)

昨日の続き。

槙田商店のあと、いよいよストールの打ち合わせに入るわけだが、
そこは、あとで詳細に書くとして、
最後に行った糸染工場のこと。

秦(はた)糸染工場。
山梨県都留市にあり、糸や生地を染めている。
藍染やぼかし染めもやっている。

夕べ、秦さんは急ぎの注文を夜遅くまでやっていた。
その作業が終わった直後、工場を訪ねた。
すでに機械は洗い清められ、
明日の朝までの眠りに入る態勢に入っていた。

秦さんは、征夫(いくお)さんが後継者としてしっかり技術を磨いている。
律義で丁寧。
無口で誠実。
その上、研究熱心。
安心して仕事をお願いできる、貴重な職人さん。
産地に若い後継者がいるということは、なんと幸運なことか。

harukiiの最初のストールは、この工場で染めてもらう。
糸として、生地として。
征夫さんに染めてもらうそれらは、どんな色に上がってくるのだろう。
今からとても楽しみだ。
色を選ぶ作業に、俄然身が入る。





山梨県南都留郡西桂へ行って来た



2012年5月24日(木)

今日は、2013春夏ストールのサンプル発注の日。
高速バスで、山梨県南都留郡西桂町というところへ行ってきた。
日本を代表する絹織物の産地の一つである。

天気が良ければ、富士山が眼前に聳え立つのが見えるのだけれど、
今日は生憎雲に覆われて、その裾さえも見せてくれなかった。
でも、ほかに見るものがたくさんあった。

その第一が、傘の工場。
9月の展示会出展のためにお世話になった「槙田商店」の社長様にご挨拶に行く。
槙田商店は慶応2年から続く織物会社。
創業140年。
なんと。。。!

現在の主力商品は、傘と服地。
今日は幸運なことに、その傘づくりの現場を見せて頂いた。
傘の柄(がら)が合うように織られた生地の上に、専用の定規を当てて、
大きな鑿のような刃物でシュッシュッと小気味よく切っていく。

驚いたことに、傘の製造はほとんどの工程が手作業だという。
写真のような柄あわせが必要な高級生地は、
生地を重ねることなく、一枚一枚丁寧に切っていく。
それをミシンで縫い合わせて、生地を骨に付けるのはまた手縫い。
目にも止まらぬ早業である。

そして、やはり使い込まれた道具には、どうしても目が奪われてしまう。
傘のサイズやカーブによって、この当て枠を使い分けるそうである。
使い勝手よく設計され、長年使い込まれた道具は
無駄がなく、美しい。そして威厳がある。
いい工場には、必ずいい道具がある。
そしてきちんと手入れされている。
それは絶対。
だから、工場見学は楽しい。

この地方で伝統的に作られてきた甲斐絹(「かいき」と読む)のサンプルも
見せて頂いた。
地元で育てた繭から糸を取り、
シャンブレー(たて糸とよこ糸を別の色で染めて織ること)にした生地。
薄くて軽い。
角度によって、色の見え方が変わる。
玉虫色と言われている。
不揃いな糸ムラや織キズが目立ち易いので、生地屋さんは作りたがらない。
でも、槙田商店のその生地は、とても端正で美しかった。

この生地で作った傘のサンプルも見せて頂いた。
残念ながら写真はないが、とても軽くて優美。
もちろん、市場に出たら超々高級品となる。
いつまでも眺めていたくなる傘だった。

上質な物を見ると、それだけで心豊かになる。
上質な物を作りだす人と話すと、その謙虚さに心打たれる。

私もharukiiの商品で、使っていたただく人の心を豊かに満たしたい。
さぁ、これからストールのサンプル発注だ。



2013春夏 ジャカードストール #1



2012年5月21日(月)

朝から金環日食を頑張ってみたせいか、今日は一日眠くてしょうがない。
特に、パソコンに向かっての作業は、全くはかどらない。
いつの間にか、瞼が閉じている。

そういう時は、手作業をする。
糸や布を扱っていると、眠気がどこかへ行ってくれる。
今日はサンプルづくりの準備をしよう。

来年の春夏商品に、ジャカード織のストールを一枚入れようと考えている。
先染め(糸を先に染めてから織る)にするので、色の配色を考えなければならない。
幸い、サンプルが手元にある。工場さんが貸して下さった。
たて糸もよこ糸も、コットンでできている。
まだ糊を落としていない状態で、ごわごわしているから、糸が抜きやすい。

たて糸に一色、よこ糸に三色配してあり、とても味わい深い色合い。
工場さんの許可を得て、よこ糸を一本、一本ほどいてみる。
うわぁ、こんな色だったんだ。
織りあがった色合いはとても渋いのに、使われている糸はそれぞれ明るく澄んだ色。
すべての色が混ざり合い、なんとも言えない深みを出す。

全部で10通りの配色がある。
たて糸は共通の色だが、よこ糸はそれぞれ全く別の色。
よこ糸だけで、30色。
見る見るうちに、色とりどりの糸の束ができた。
きれい。少し見とれる。
さぁ、来春のharukii用に、どんな色を組み合わせようか。

眠気はどこかへ行ってしまったようだ。
それどころか、夜更かししてまで作業を続けたくなる。
でも、今日はここまで。



玉電



2012年5月18日(金)

東京世田谷区に、2両連結の小さい電車が
三軒茶屋駅から下高井戸駅まで走っている。
38年前、中学生になるときに北陸から東京に越してきた私は、
都会らしくない木製のそのチンチン電車がすぐに好きになった。

そのころは玉電と呼ばれていて、床も手すりも木でできていた。
冷房はなく、梅雨のラッシュ時などは蒸し風呂のようだった。
ドアを閉める時は、運転手が「こっちの車両は閉めてもいいよ」と
「チンチン」という音のベルで車掌に知らせる。
環状7号線を渡るときは、道路の信号に従って、
赤では止まって自動車の流れを待つ。

私が中学二年生になった時、玉電が廃止されるという噂が学校に広まった。
私は焦った。あの玉電に乗れなくなる。どうしよう。
親に頼んだ。「玉電買って。」

それからしばらく、あの木製の車両をどう使うか、空想に遊んだ。
吊皮には制服をぶら下げることにした。
シートは広げてベッドにする。
そのほかは、あまりいい思いつきはなかったが、
空想は楽しかった。

結局、玉電は廃止されなかった。
親に頼めば電車が買えると思っていた私は、本当に幼かったと思う。
私はこの春、世田谷の実家に15年ぶりに戻ってきた。
玉電は、私がほかの刺激的なことにうつつを抜かしている間に
カラフルでスタイリッシュな車両に変っていた。




















今、もしあの木製の車両が買えるとしたら、私は買うだろうか。
多分買わない。
広大な敷地があって、改造する経済力があったとしても、多分買わない。
なぜなら、止まっている車両から見える景色は、やはり止まっているから。
風を起こさない、動かない玉電には、魅力を感じない。

玉電から見える景色は、今も変わらない。
季節季節の小さい花々が電車と一緒に揺れるのがうれしい。

今日、私はその電車に乗って、松陰神社の近くにある法務局へ行った。
会社の登記をするために。
今日が「株式会社はる希」の第一日目となる。
緊張も武者震いもしなかった。
昔と変わらない、穏やかな玉電に揺られて、
私はあの中学生の頃の幼い自分に戻っていたのだと思う。