2012年8月24日(金)
昼下がり、郵便局に行くついでに、カメラを持ってその付近を歩いた。
そうそう、ここ一体は「太子堂」という地名。
聖徳太子に関係があるらしい。
お寺が近くにある。
永く近所に住むが、実は一度も入ったことはない。
ということで、行ってみた。
円泉寺 本堂
聖徳太子に関する説明書きがあるかと探したが、どこにもない。
入って右手に、階段があり、その上にそれらしい小さなお堂がある。
登ってみる。
これが、どうも何か聖徳太子に関係あるようだ。
ぐるぐるまわりをまわってみるが、やはり太子様との関係が分からない。
太子堂と書いてあるが、その額は新しい。
その横に聖徳太子らしき像もある。
かなり若そう。最近建てられた感がある。
像の下には、「以和為貴」という字。
たしか「わをもって、とうとしとなす」だったか。
歴史の授業で習った。
何度か像にカメラを向けてみたが、どうしてもシャッターを切る気にならなかった。
なぜだろう。
お堂の左右は、獅子が守っている。
左の獅子
右の獅子
何度か改修されているようで、
そのたびに、携わった人たちの名前が記されていた。
しかし、結局聖徳太子に関する説明は、見当たらなかった。
お寺の前にある大きな木の肌。
これが唯一、歴史を伝える物だった気がする。
お寺の角に、これを見つけた。
女優の森光子さんが89歳で上演2000回を達成した、
あの「放浪記」を書いた作家が、林芙美子だ。
「放浪記」は林芙美子の自伝だから、この地に住んだことも
記されているらしい。
不遇の時代の寓居らしい。
ん? 寓居ってナニ?
寓居=1)一時的に身を寄せること。また、その住まい。仮住まい。 2)自分の住居をへりくだっていう語 (インターネットのgoo辞書より)
一つ物知りになった。
森光子さんも、ここに来たことがあるのかしら。
帰ってインターネットで調べてみると、
太子堂は、全国にいくつかあるらしい。
有名なのは、
・兵庫県加古川市 鶴林寺
・富山県南砺市 伊波別院 瑞泉寺
鶴林寺の太子堂は、国宝とのこと。
町名が太子堂になっているところは、全国に数多くあるようだ。
それは、こちらのブログに詳しい。 >>>
そして、東北本線には「太子堂駅」がある。
むかし、聖徳太子をまつった祠があったそうだ。
私の近所にある世田谷線の駅は、「西太子堂駅」という。
なぜ「西」がつくのか分からなかった。
太子堂の町名には、東太子堂や南太子堂などという方角を示す文字はついていない。
なのに、ナゼ? と思ったのは引っ越してきてすぐ。
でも、すぐにそんなことは、どうでもよくなった。
きっと、駅としては本家の太子堂駅より後発なので、
「西にある太子堂駅」と名づけたのだろう。
いや、もともと大正時代に「西山」という駅名で開業した。
だから「西山だった太子堂駅」という意味かもしれない。
インターネットにも出ていない。
どうしてなんだ、「西太子堂」。
円泉寺のことを調べると、
明治4年に世田谷区で一番最初の学校、「太子堂郷学所」を始めた、とされている。
今の世田谷区立若林小学校のもとらしい。
あらら、太子堂小学校も、円泉寺のすぐそばの太子堂中学校も、
円泉寺には関係ないらしい。
そういえば、私が太中(タイチュウ)に通っていた頃も、
学業的な雰囲気はあまりなかったなぁ。
私は真面目に通ってましたよ。
通うだけはね。
暑い昼下がり、歴史探検と頑張って歩いてみたが、
結局家の中でインターネットで調べものしている時間の方が長くなった。
もしかして、今の小中学生の夏休みの宿題って、
同じようにやっている?
気を付けてね、よい子のみなさん。
このブログを出典に使っても、◎はもらえませんよ~。
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