2012年8月5日(日)
ニューヨークの展示会中に起こった出来事。
今思い出しても、胸がピリッと痛む。
はたして、良かったのだろうか。
そのお客様は、ちょっとエキゾチックな顔立ちの初老の男性。
英語もネイティブではない感じ。
でも、流暢。
ブースに入って来るなり、「細番手リネン平織ストール」を手に取った。
「素材は?」
「リネンです。」
「うーん。とても良いね。」
「はい。上質の細いリネンを使っていますから。」
他のストールも次々に触る。
デザインというより、素材だけを確かめている感じ。
この人、素材の良さが分かっている。
少々アドレナリンが出る。
「これは?」
「それは、ラミーです。」
武藤さんが出されている、極細のラミー地の刺繍のスカーフ。
あの、リネンにしようかラミーにしようか迷ったスカーフと同じ素材である。
「それも、すごく細いでしょう? ラミーとは信じられないでしょう?」
「うーん。」 目を大きく見開き、唸っている。
欧米では、ラミーはリネンより格下で、
上質な商品に使うことは考えられない。
「日本から?」
「はい。日本から来ました。この製品はすべて日本製です。」
「ふーん。」
もう一人の連れの男性と、ゴニョゴニョ何か話している。
英語のような別の言葉のような。
その人は、なんだか気乗りがしていないようだが、
件のオジサマは「大丈夫大丈夫」と言ってように見える。
またオジサマはいろいろ触りだす。
そして、また最初のリネンのストールに戻る。
「私たちにはお客さんがいてね、その人たちにこのストールを見てもらいたいんだが、
写真を送ってくれるかね。」
「いいですよ。」
名刺をもらう。
なんの商売かわからないが、卸売業のようである。
事務所はニューヨークにある。
ウェブサイトがあるから、あとで調べてみよう。
「商品の写真と、使ってある素材、それから値段、注文に必要な枚数、
すべての情報をメールで知らせてほしい。」
「分かりました。」
「いつ送れる?」
「今夜にでも。」
「よろしい。じゃぁ、必ず送って下さいよ。」
「分かりました。必ず送ります。」
海外展示会での営業の場合、神経を使うのが、
本当にお客様になる可能性があるか、
それとも商品を真似て作るための情報やサンプルを収集に来ている業者かを
見極める時である。
表情、態度、会話の内容からであらゆるヒントを引き出し、
のるかそるか、情報を与えるかセーブするかを
数分間で見極める。
このオジサマの場合、ちょっと緊張した。
それは、まず絶対に素材のプロで、良くわかっている。
だからこそ、同業者で素材のコピーをする可能性がある。
さてと、どう判断しようか。
もし、ちょっとおかしいなと思ったら、いろいろなことを根掘り葉掘り聞くこともできる。
そうすると、ちょっと心に疾しい目的を持っている同業者なら、
かえってあちらの情報をあれこれ出し、
こちらに安心感をもってもらおうと必死になる。
このオジサマには、そんな素振りはみじんもない。
自分が何者かも説明しない。
ただ、欲しいものを探しに来ているバイヤーの匂いがする。
私は、あえて“根掘り葉掘り”をしなかった。
もし本当に買いたい人なら、日本に帰っても会話は続く。
日本に帰ってからじっくりと、商売の形態を確かめればいい。
今私がやるべきは、その人の人間性を確認することである。
これは、文字の情報ではない。
五感を総動員させて得る情報だ。
きっと、海外の展示会で得る疲労は、この時間に溜まるのだろう。
harukii の商品は、写真だけなら、どんどん相手に渡せる。
それは、harukii は意匠ではなく、素材の風合い、手触りを売る商品だからである。
写真で手触りはコピーはできない。
だから、写真のリクエストには躊躇なく応えることができる。
「おいでいただいて、有難うございました。」
「写真、送って下さいよ。」
オジサマは念を押して、連れの男性と足早に去っていった。
このオジサマと、商売するかもしれない。
根拠のない勘が、そう思わせる。
いや、だめでもいいじゃないか。
写真を送るだけだし。
失うものはない。
オジサマを見送ったあと、私はリネン平織ストールの写真をバシバシ撮った。
そして、その夜ホテルに戻って、名刺のメールアドレスに送信した。
どんな返事がかってくるか、期待しながら。
胸がピリッと痛むような出来事は、次の日に起こった。
「2013春夏 細番手リネン平織ストール #1」
「2013春夏 細番手リネン平織ストール #3」
0 件のコメント:
コメントを投稿