二度の誕生日



2013年1月21日(月)

今日は家族の○○回目の誕生日だった。


ことあるごとに
「こんなに生きるとは思わなかった」というのが口癖の彼女には、
実は誕生日は二つある。

今日は正真正銘、彼女が生まれた日だ。
ひ弱に生まれた女の子に、彼女の父親はどんな名前を付けてよいか、
とても悩んだ。
そして、キリスト教の敬虔な信者であった彼は、
ある日聖書を開いたとき、最初に目に飛び込んだ言葉を名前にしようと思った。

その名前を村役場に届けると、
出生届け係が
「そんな名前は、変だ。良くない。もう一度考え直せ」と
差し戻したそうだ。

父親はもう一度考えて、誕生から十日後に、
最初の言葉に似た名前を届けた。
二度目の名前は受け入れられた。
その日が戸籍上の誕生日として記録されたそうだ。

結局、オリジナルよりも更にへんてこりんな名前を付けられたひ弱な女の子は、
ひ弱なりにすくすく育ち、
今日の誕生日を迎えるわけである。

昨今の名づけの風潮を見ると、変った名前を提出されて
差し戻す出生届係の人はあまりいないと思う。
世の中は、個性的な名前に溢れている。

そういえば、随分昔、
息子に「悪魔」という名前を付けようとして、差し戻された、
というニュースがあった。
その男の子には違う名前がつけられたそうだが、
その彼ももう立派な大人になっているはずだ。
やはり、悪魔ちゃんでなくて、良かったと思う。

彼女のオリジナルの名前も、今なら受け入れられる。
しかし、昭和ヒトケタの頃には、全く一般的ではなかった。
そのまま名前になっていたら、
友達にからかわれただろう。

とは言え、結局決まった名前は、オリジナルよりもっとへんてこりんだ。
ひらがな二文字のその名前を小学校の先生が初めて見とき、
「○○さん。このお名前は何と読むのでしょう」と聞いたそうだ。
そのことは、かなりショックだったらしい。
「こんなに生きるとは・・・」についでよく聞く逸話だ。

もちろん、友達にもからかわれたに違いない。
いじめられたかどうかは良くわからない。
きっと、このブログを読んで、詳細を教えてくれるだろう。
上記の名づけのいきさつも不正確かもしれないが、
恐らく明日には、彼女からブログの修正依頼が届くと思う。

私からのプレゼントは、写真の小さなケーキだけ。
それを一つだけ、それも半分ずつに分けて、
彼女は連れ合い殿と一緒に満足そうに味わった。

連れ合い殿からのプレゼントは、
こぶしの効いた♪Happy Birthday。
それをヒト唸りして、彼はさっさと寝てしまった。
それでも彼女は幸せそうだった。

小さなことを幸せと思える。
それが歳を重ねる素晴らしさなのだろう。
来年も、また次の年も、更に次の年も
小さなケーキを買ってお祝いしたい。
連れ合い殿の♪Happy Birthdayは、
いつまでも聞けるだろうか。



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