瞳の色



2012年9月11日(火)

久しぶりに買い物に行った。
日用品の買い物ではなく、洋服を買いに出掛けた。
洋服を探すために街を歩く、ということは長らくなかった。
たまたま、何かの縁があって手元に来た、ということが続いていた。

あるデパートに入った。
気になるワンピースドレスを見つけ、試着してみた。
なんだかしっくりこない。
店員さんが他に何着か見せて下さる。
どれもピンとこない。
諦めて、試着室を出た。
と、店員さんが秋冬のカタログを持って待っている。

「このドレス、まだ入荷はしていないんですが、別のお色がこちらにあるんです。」

出口のマネキンが来ているドレスに誘導される。
スモーキーな紫色の濃淡の糸で編んであるニットドレス。
好きな生地だ。横に細かい色使いがしてある柄に、いつも惹かれる。
ドレスの形は、ちょっと若向きすぎる。
というか、フェミニンすぎる、というか。
でも、とても気になる。

「いろいろな年齢の方に似合うんですよ。」
店員さんが、私の肩越しに囁く。
「生地がしっかりしているので、案外大人っぽいんです。」

ふんふん。
聞いているようで聞いてないふりをしながら聞いている。
そうそう。これが似合う妙齢のご婦人だっているだろう。
それが、私だということは言っていない。
でも、心は勝手にその言葉に乗っかろうとしている。
更に店員さんは囁く。
「もう一色、モノトーンがあるんです。」
「それは、見られるんですか?」
「はい、入荷しております。」

黒、白、グレーの三色のぼかし染めの糸で編んであるようだ。
先ほどの紫系とは違い、甘さがぐっと緩和されている。
かなりシック。

「試着できますか?」

言った。
もう完全に店員さんの掌中だ。
もうモノトーンのドレスを見たいと言った時点で、すっぽり入っている。
この店員さん、若いけど上手。
ちゃんと見ている。
短時間の会話と私の表情を読んで、好みとニーズをかなり絞り込んできている。

再度試着室の中へ。

うーん。やっぱり甘すぎるか。
「良くお似合いです。」
「ちょっと若すぎますよね。」
「そんなことはないですよ。」
「このドレス、何歳ぐらいの方までお召しになるんでしょうか。」
「かなり年配の方にもお似合いになります。髪がグレーになっている方とか。」

想像してみる。
半分ぐらい白髪になった女性がこのドレスを着ているところを。
悪くない。いや、カッコいい。
でも、かなりおしゃれな人でないと、着こなせない。
プロポーションはもちろん、その人自身の生活が格好良くないと。
ふーん。私はもうひと頑張りもふた頑張りもしないと着こなせない。

「お客様がこういう形を普段あまりお召しになっていないと、
少し違和感があるかもしれませんが、
私どもから拝見しますと、とても似合っていらっしゃいますよ。」

いやいや、ここはそう簡単には乗れない。
あっちを向いたりこっちを向いたり。
ウェストのリボンを外してみたり、巻いてみたり。
うーん、リボンを取って大人っぽいベルトに変えれば、なんとかなるか。

もう一人の店員さんが加勢してきた。
「このドレス、ニットなので、時間が経つと今より少し伸びるんです。
そうすると、全体に今よりヨコのボリュームが抑えられて、丈も長くなりますよ。」
うーん、こちらもなかなか。
私の気になっている点にやんわり、ズバリと切り込んでくる。

もう土俵際ギリギリ。
二人に寄り切られそうになっている。

「ちょっと、上でお昼食べてまいります。あとでまた参ります。」
「はい、分かりました。数時間取っておきますね。」

ちょっと冷静になろう。
そして、時間を置いてまた見てみよう。
その時もしまだ気に入っていれば、買おう。

おいしいおそばを食べている間中、考えた。
食べ終わてお勘定を払って、出てきてもまた考えた。
ベンチに座って考えた。
着こなせるか。
何歳まで。
どうしよう。
やっぱり、止めておこうか。
他の階のお店もちょっと回ってみたが、気になるものは見当たらない。
また先ほどのお店に戻ってきた。
モノトーンのドレス。
やはり、とても好きだ。

「お客様は瞳が黒くていらっしゃるので、
黒やはっきりした色がお似合いになるんですよ。」

え? そうなの?
瞳の色が、全体の色まで支配しちゃうの?

日本人の瞳の色が洋服選びに関係しているなんて、考えたこともなかった。
西洋人の青や緑やグレーの眼の色に見入ったことはあるけれど、
自分たちの瞳の色なんて気にしたことがなかった。
私のは黒いんだ。
それさえも、気が付かなかった。

「へぇぇ、そうなんですか。」
「はい。最近若い方でカラーコンタクトを付けていらっしゃる人が増えましたが、
それは、好きな洋服の色に合わせているんです。」
そうか。そこまでしているか。
私は昔は黒ばかり着ていたが、年齢とともに柔らかい優しい色が好きになってきた。
顔の色や全体の雰囲気で、柔らかい色も似合うようになってきた、と思っていた。
だけれど、そんな色を着ると、なんだか少しだけ違和感を感じる。
似合わない、というわけではないのだが、どこかがピタッと来ない。
そうか。
もしかしたら、瞳の色が関係しているのかもしれない。

ドライアイなのでコンタクトレンズはなるべくしたくない。
とすると、身に付ける色の方を、もうすこし変えてみるか。

「このドレス、買います。」
店員さんはにっこり笑った。
「有難うございます。良くお似合いになっていますよ。」

今日は寄り切って、店員嬢の勝ち。
そして、おみやげに「瞳の色」という新しい知識をもらった。
素敵なドレスも手に入った。
さぁ、大変だ。
このドレスをシックに着こなせるような、カッコいい女性にならなければ。
背筋をぴんと伸ばして、店を出た。



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