2012年6月12日(火)
米沢の旅で、訪問するのを楽しみにしていた場所がある。
それは、那須野織物さんの工場(こうば)。
もっと言えば、事務所から工場につながる通路の一角にある
道具置き場兼作業場。
ここを見るたびに、何か神聖な気持ちになる。
これらの工具はごく一部で、
コの字型の壁には様々な工具が所狭しと、
そして整然と並び、吊り下げられている。
いつ出番が来ても、用意万端。出動OK。
しっかり手入れされた道具たちは、静かにその時を待っている。
これらの工具を使って、那須野浩さんは、
頭にバンダナを巻き、古い機械のメンテナンスをする。
機械と職人さんは、馬とその乗り手のようなものではないか。
乗り手は馬に必要な栄養と水を与え、体調を管理し、
その毛並みや蹄を美しく整え、清潔な体を保つ。
毎日世話をすることによって、お互いに心を通わせ、
さぁ、いくぞと声をかけると、二つの身体が一体となって疾走する。
浩さんによってしっかりと調整を済ませた機械は
彼が見守る中で安心して体全体を動かし、
リズミカルに絹の糸を走らせ
美しい織物を吐き出していく。
彼らの機嫌がいいのは、その音でわかる。
まるで馬が草原を駆けているような錯覚に陥る。
この美しく清掃された工場に足を踏み入れると
とても安心した気持ちになる。
機械と一緒に、私の心まで調整されてしまったのか。
那須野織物には後継者がいない。
そのため、去年その規模を大幅に縮小し、終息の準備に入ったという。今は奥様と二人だけで仕事を続けている。
この美しい工場が、数年後には消えてしまうかもしれない。
黒光りした機械が、ただの鉄の塊になってしまう日も遠くないのかもしれない。
浩さんはパソコンを使う。
メールもお得意。さらにアートにも造詣が深い。
浩さんに言ってみた。
「インターネットを使って、那須野さんの経験や技術やその美意識を
もっと広く発信したらいかがですか?」
「うーん、そうだねぇ。でも私は職人のままでいたいの。
そういうことすると、作家になったような気になるでしょ。
そうはなりたくない。ボクは職人でいたいの。」
この工場から馬の足音が聞こえなくなる前に
どこからか新しい乗り手が現れてくれることを願って已まない。
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