心を亡くすと書いて



2013年3月26日(火)

心を亡くすと書いて、「忙しい」。
亡くした心と書いて、「忘れる」。

どちらに近いか分からない、
この四日間ほど、心がなかった。
寝たり食べたりの生命維持行為と、
ほんのぽちっとだけの家族サービス以外は
ずっとひとつの作業に没頭していた。

それは、ストールのサイズを測り、修正し、
房を整え、畳む、という作業。
とても単純な作業だ。
それを200枚行った。

普段は、こういう作業は私は行わない。
工場の仕上げ工程で、職人さんたちにやってもらう。
ところが、今回は訳あって、私が行うことになった。

やってみると、夢中になる。
今回扱っているのは、綿100%のガーゼのストール。
まず糸を染めて、それから織り上げたものだ。
仕上げは、天日干しをしてある。
織り上がった後、洗って糊を抜き、最後に乾かす工程で
竿に掛けて、太陽の下で乾かしてある。
だから、とてもふくよかで柔らかい風合いに仕上がっている。

単純な作業なのだが、天然繊維、それも綿という短い繊維は
糸の個性がすごく出る。
特にガーゼ調に仕上げているので、糸と糸の隙間が大きく、
ゆっくりと風に吹かれて乾かされていくうちに、
糸が本来の個性を発揮して、縮もう、縮もうとする。
それがシボになって、生地の表情に現れる。

だけれど、どのストールにもシボが出るかというと、そうではない。
あまりシボが寄らずに、フラットな表情のものもあれば、
すごく寄って、プリーツのようになるものもある。
それが不思議だ。

一枚ずつ広げて、測って、大きすぎれば余分を切って、
糸を抜いて、畳んで、房を整えて、箱に詰める。
そういう作業をしていくうちに、どんどんストールに愛着が湧く。
なんて柔らかい、優しいストールなんだろう。
この一枚が、どんなお客様の手元に届くのだろう。

はるばる海を渡ってインドから運ばれた糸が、
富士山の麓の工場で丁寧に染められ、
そして、浜松の糸の糊付け専門の工場に送られ、
一本ずつ丁寧に糊付けされ、
その糸がまた山梨に戻って、整えられ、機に掛けられ、
ゆっくり織られる。
そして、生地になってから、ゆっくり糊を落され、
そして、富士山から吹き降ろされる風にさらされて、
ふんわり乾いていく。

なんと長い旅をしてきたこのストールたち。
今は、東京は世田谷というところにいる。
このあと、また再び富士山の麓に戻って、袋詰めされ、
今度は栃木の茂木に送られて、
一枚一枚検針機に掛けられる。

来月には卸先のお客様の倉庫に入り、
そして、早ければゴールデンウィークには、
お買い求めいただいたお客様の手元に届く。

どんなお客様が巻いて下さるのだろう。
気に入って下さるだろうか。
どんな土地で、どんな場面で活躍してくれるのだろうか。

一人でも多くの人の笑顔を生んでほしいな。
そう思いながら、作業をした。

思いがけず私のところに来たストールたち。
この作業をさせて頂いたおかげで、
糸の癖もや魅力が十分わかった。
そして、作業の大変さも理解できた。
とても良かった。
おそらく今、この経験をすべきタイミングだっただったのだろうなぁと、
そう思えてくる。

さぁ、明日山梨に出荷しよう。
みんな、日本全国に元気に旅立つのだよ。





0 件のコメント: