中村麻由美さんの仕事



2015年1月25日(日)

六十年前に母が嫁入り道具の一つとして持ってきた
『模範新手紙法典』という本。

いかめしいタイトルだが、手紙の書き方の実用書だ。
決まりや例文、様々な言い回し、そしてペン習字の指南まで載っている。
とてもきめ細かい本で、母は手紙を書くごとに、この本を参考にしている。
 昭和27年初版で、その2年後にはすでに11版を重ねるという人気の本だ。
漢字は旧字体。
候文まで載っている。
印刷状態は良くない。が、味がある。

かなり古くなり、背表紙がぼろぼろになってしまった。
ページをめくるごとに壊れていく。
それでも、母は大事に使っていた。

さて、harukiiのブランドタグやパッケージのデザイナーは、
中村麻由美さんという女性。
グラフィックデザインも多く手掛けるが、
彼女の中心を貫いている仕事は、造本デザイナー。
本を作る人である。

折角そんな珍しい方とお知り合いになったのだ。
お願いしない手はないと、この本の修理を依頼してみた。
母も、「ぜひぜひ」という。
もちろん中村さんは、快諾。

めったにない機会なので、
本がどんな行程で修理されていくのか知りたいと思い、
中村さんに修理途中を写真で記録してもらった。

▲まずは、本の解体からスタート。
 ぼろぼろの背中を外す。
 綴じ糸は、指でこするとすぐ切れてしまうほど弱っていたらしい。
 糸くず、接着剤、寒冷紗(かんれいしゃ)とよばれる補強布などを
 ピンセットを使って丁寧に取り除く。
▲背中をきれいに外し、全てのページをバラバラに解体した状態。
 各ページは開いて4枚ずつの束になっていて、その中心が糸で綴じられている。
その糸の孔を補強したり、束の折り目を補強することから修復が始まる。
▲補強に使うのは、薄い和紙。
 やはり、和紙は強いのだ。
 世界各国の美術品の修復にも使われているらしい。
 植物の繊維って、すごい。
▲各束の背に、和紙で補強が施されたところ。 
▲美しく整えられた。
▲大変残念だが、この素適なデザインの表紙。
 痛みがひどく、修理不可と判断された。 
▲今回は、この中身だけで再生する。
 表紙は捨てずに、とっておこう。
▲いよいよ、糸で綴じる。
 左上にあるのは、蜜蠟。糸に蠟を付けて、滑りやすくする。
 防水効果もある。
 この糸で、各束を独特の方法で綴じていく。
▲あっという間に、きれいに綴じられた。
 というわけではない。時間を掛けて丁寧に綴じられた。
 中村さんは作業に夢中になり、途中の写真を撮り忘れたそう。
▲背表紙の中は、こんなふうに綴じられていたのか。
 初めて見た。
 これで、中身の準備完了。
▲次は『背固め』という工程。
 プレス機に挟み、ぎゅっと圧力を掛ける。
 そして、接着剤を塗布しては乾かし、塗布しては乾かし、を何度か繰り返して強度を出す。
 ▲『背固め』が完了。
 どことなく、キリッとした表情になっている。
 この背中に新しい寒冷紗を巻き、新しいカバーを付ける。
▲これが仕上がりだ。
▲この背は『角背』という。
 布でくるまれている。
 カバーは細かい葉模様の紙。
 とてもシックな色合いに仕上がった。
▲今回は、新しくしおり紐も付けて頂いた。
 これは便利。
▲内側を開くと、渋い辛子色の紙があしらわれていた。
 その表の柄とのコンビネーションが、とても上品だ。
 さすが中村さん。彼女の男前の感覚には裏切られたことはない。


新しい本を手にして、母は歓声を上げた。
待ちわびた本。
使い慣れた、古くて新しい本。
元の本より、ずっと上等になった。
母は表紙を撫で、ページを開き、とても嬉しそうだった。

私も、なんだか手書きの手紙を書きたくなった。
書きやすい万年筆も、欲しくなってしまった。
日本語も、もっと勉強しなければ。

中村さん、美しい手仕事、お見事でした。


中村麻由美さんのウェブサイトはこちら 〉〉〉

2月に東京で、中村さんのワークショップがあります。
参加者は、自分だけの本を作れるようになります。
興味のある方は、ぜひご参加ください。 〉〉〉




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