渋谷案内



2013年4月24日(水)

ここは東京は渋谷にある、ヒカリエという商業ビルの8階。
私は今、街を見下ろすカフェに座っている。



そして、私の前には、一組の夫婦。
男性は月代、ちょんまげ。
女性は島田に着物。

さっき江戸時代からタイムスリップしてきたばかりのカップルだ。
なぜか、私と一緒に渋谷の街を見ている。

「あれ~っ! なんだ、なんだ。あのちっちぇえ箱みてえのは。
なんで、宙に浮かんでんだ?
ありゃ、なんかにひっぱられてんのかね。
紐が見えねえけどよ、なんにひっぱられてんだい?」

「あれはね、中に人が乗ってるんです。
紐に引っ張られてるんじゃないんですよ。
馬車とか、牛車とかみたいなものなんですけれど、
それの馬や牛がいないものなんです。」

「けどよ、じゃぁ、どうやって動いてんだい?
何がひっぱてるんだい?」

「あの箱は、自分で動くんです。
自動車って書いて、、、」

「あ、だめだめ、おれは字はからっきしダメ。
おい、おまえ、少しは読めるんだろ?」

「あたしもだめだよ。
あそこに書いてある字も、ぜんぜん読めない。
ありゃ、何が書いてあるの?」

「あれは、看板です。そのお店の名前や商品が書いてあるんです。」

「へぇ。だけど、いっぱい並んでる箱はなんなの?」

「どの箱?」

「ほら、向こうにいっぱい並んでる、高いのや低いのや、
白いのや茶色っぽいのや。」

「あぁ、あれはビルといって、建物なんですよ。」

「たてもの? あんなに小っちゃいのに?」

「小っちゃくないですよ。近くまで行ったら、すごく大きいですよ。
あのビルなんか、30階建てですから。」

「サンジュッカイ? あの、平屋とか二階建てとか、そういうのの三十階っていう意味?」

「そうですよ。あの小さい四角は、それぞれ窓なんです。」

「ひぇぇぇ~。」

「あの窓一つ一つの中に、人がいっぱいいるんです。」

「あの建物の中に、人間がいっぱい詰まってるっていうのかい?」

「そうですよ。お二人が今いるここだって、ビルの9階ですからね。」

「おい、おまえ、あの下の方に動いている、あの黒いゴマ粒みてえなの、
ありゃなんだい?」

「あれは人間ですよ。」

「へ? あれが人間? おい、おまえ、見てみろ、あれが人間だってよ。」

「いやだよ、怖いよ。こんな高いところから見らんないよ。」

「大丈夫ですよ。この窓は開きませんから。」

「あら、いやだよ。あんなに足出しちゃって。
髪だって、ざんばら。
なにかい? あそこに歩いてる人たちゃ、みんな罪人かい?」

「やだな、違いますよ。今は、みんなあんな格好してるんです。」

「へぇぇ。みんなパッチ履いて、せかせかしてんな。」

「それにしても、なんて人が多いんだろうね。
今日はお祭りかなんかがあるのかい?」

「いえ、ここは渋谷という町なんですが、毎日これぐらいの人が歩いているんです。」

「しぶやって、渋谷村のことかい? あたしたちの住んでる村も渋谷村ってんだよ。」

「じゃ、きっとここがそうですよ。」

「ひぇぇぇぇ。ここが渋谷村。。。」

「じゃ、何かい? 渋谷村には、日本中から人間が集まってきちゃったっていうのかい?」

「いえいえ。ここよりもっと人がいるところもありますよ。
今、日本には一億二千万人、人間が住んでるんです。」

「イ、イチオクニ、、、なんだいそりゃ?」

「えぇっと、一億二千万人というのは、、、千人の千倍を、また百二十倍した数ですよ。」

「。。。。。。。。。。」

「あたしゃ、気分が悪くなってきたよ。」

「途端に空気が薄くなってきた気がする。」

「あ、あの、このお水飲んでください。」

「はぁ~。」

「おい、あのゴマ粒の人間が、みんな持ってる、あの白い杖みてぇのは、
ありゃなんだい?」

「あぁ、あれは傘です。今日は雨が降るかもしれないので、みな傘を持ってるんです。」

「ほっほっほ、傘だってよ。おい、傘だって。」

「なんだよ、おまいさん。傘ならあたしたちも使うじゃないか。」

「そうだよ。だから驚いてんだよ。
箱が自分で動いたり、たてもんが三十階もあったりするのによ、
雨をしのぐのは傘だってよ。
それも、おれたちとおんなじもん使ってんだよ。」

「あら、ほんとだ。おんなじだ。
なんかもっとすごいもん使ってんじゃないんだ。
へぇぇ、傘だって。
あはは、なんか可笑しいねぇ。」

「それによ、さっから見てるとよ、
お隣さんも、そのお隣さんも、なんかおれたちとおんなじもん食べてるよ。」

「あらら、ほんとだ。
箸使ってる。それに、おまんまとおつゆと、
あれ、ありゃ、魚の干物だよ。」

「それに、漬けもん。」

「最近では、麦ごはんや粟や稗を入れたごはんも人気なんですよ。」

「なーんでい、食いもんはかわんねぇのかよ。」

「なんだか、変だねぇ。おったまげるような変りようなのに、
ぜんぜん変わってないところもある。」

「そういえば、そうですね。傘、変らないですね。」

「ふーん。」

「あ、来ましたよ。サバの干物定食。」

「お、来た来た。ふーん、旨そうだねぇ。」

「あら、あんた、美味しいよ。
味付けもいいね。」

「なんだね。あんたたち、あんまり大したもん食ってねぇな。」

「あぁ、だからだね。」

「何がだからなんだい?」

「だから、目が三つになったり、足が五本になったりしてないんだね。」

「???」

「人間食べもんが同じだと、あんまり上等はならないんだねぇ。」

「おう、そうだな。裸になったら、あのゴマ粒もおれらも、かわんねぇな。」

「だろ? きっとおつむの中身も、そんなに変わんないよ。」

「そんなもんかね。」

「そんなもんだよ、きっと。」

*******

次の打合せまで2時間、どうやって潰そうかと思っていたが、
このご夫婦のおかげであっという間に時間が過ぎた。
残念ながら、今日はこれでお別れだ。
また近いうちに会いましょうね。
今度は、どこに連れて行こうかな。






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